車輛輸送

いよいよ載線(車輌輸送最終日)

8月5日深夜,私ことふじまさとkochan氏は明朝に迫ったデハ3499号車の現地搬入を見届けるべく,関越道を北上しました.22時過ぎに熊谷市西別府を出発した輸送車輌に伴走するチームからときどき入ってくる現在位置情報から,どうやら現地到着までに輸送車輌に追いつけるかどうか微妙な感じでしたので,安全運転に心がけながらもはやる気持ちを抑えきれず,走行速度はぬふわ~ぬうわ付近をキープしていたような気がするのはここだけのお話.

深夜2時過ぎに現場到着してみると,どうやら輸送車輌も直前に到着となったらしく,決して広くない二車線道路で切り返しの最中でした.辺りには照明などなく真っ暗なので写真が撮りづらいのは残念です.30分ほどしてデハ3499号車を保存場所の敷地に押し込めると,あとは明朝のクレーンによる吊り上げ載線までひと休みになります.輸送会社の職員さん達も一部を残して宿に引き上げ,現場で警備に当たられる職員さんの車と運転手さんが仮眠されるトレーラーのエンジン音だけが低く唸るだけの静かな夜が訪れます.我々も思い思いに写真を撮った後は,それぞれの車に引き上げて仮眠します.

保存場所に到着し明朝の載線作業を待つデハ3499号車

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車両輸送併走班二日目:川崎市営埠頭→熊谷市西別府

川崎市営埠頭で予定に無かった一夜を過ごした3499号。目撃情報によれば東南アジア方面向けに輸出される東京地下鉄05系に囲まれていたようですが、そちらは一足先に旅立ったようで、4日夜には3499号だけがぽつんとたたずんでいました。
この日の移動も時間を前倒しするとの連絡が入ったため、レンタカー借用の時刻を急遽繰り上げて地元を18時過ぎに出発、高速経由で川崎へと向かいました。産業道路駅前で同乗の3氏と合流して市営埠頭へ。結局時間には余裕があるようだったので、隣接する公園から冒頭のような景色を眺めたりして出発を待ちます。
今夜は自動車での併走が自分達ともう一台、こーちゃん様が原付で併走、そして都内通過ということで各所で沿道撮影をお願いしています。待機してもらっている各氏への状況連絡も併走班の任務。さてどんな絵が見られるでしょうか。
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車輌輸送(沿道撮影班 2日目 塩浜交差点・第三京浜入り口)

デハ3499号車の保存場所への輸送2日目.一昨日の晩に会社近所の川崎市営埠頭までやって来ていて,本日は21時過ぎの出発との連絡があったので,いつもより会社を早めに(20時過ぎでも「早め」かい!(ToT))退勤して見に行くことに.輸送車輌は太い道路を走っていくわけですが,ともなれば鉄道撮影時よりも「かぶる」可能性は高いわけで,あれこれ考えて極力高い位置から撮影した方がよいだろうと判断.まずは会社から比較的近く,しかも予定コース表で角を曲がることが予定されている塩浜交差点歩道橋へ.

事前に得た情報によると,特大車両輸送でありながら予想外に早い速度で走り去っていくとのことで,露出の上がらない夜間の直線区間ではブレて撮影できないのは明白.さすがに交差点であれば,あのデカ物も減速するだろう,という想定に基づいてみました.現場に着いてみると,高速道路の橋脚が若干邪魔ですがまあ撮影はできそうな感じ.頻繁にやってくる大型トラックを練習台に流し撮りの練習などをしながら時間を潰します.うーん,なかなか上手くいきませんが,交差点を曲がるために減速するのであればISO感度を上げれば流さなくても撮影できるかな,という感じ.

流し撮りの練習… まぁ曲がるのであればこのくらいで撮影できるかな?

ところがですよ,出発予定時刻直前に併走班からもたらされた情報によると,輸送予定経路の環状8号が渋滞のため輸送コースを変更し,塩浜交差点は曲がらずに直進することになったとの悲報(苦笑)が….直進となると事前の情報の通り,結構な速度で駆け抜けて行くんだろうなぁ.やがて青パトライトを回転させた先導車が交差点を走り抜けた後,牽引車に牽かれたデハ3499号車がやっぱり「かなりの速度」で交差点を走り抜けていきました.ええい,こんなことならコンパクトデジカメでなくて,きちんとした一眼レフデジカメを準備しておくんでしたね.

予定を変えて交差点を直進するデハ3499号車.予想外の高速通過に焦りもあって結果はイマイチ

撮影終了後は終バスも終わっているので,のんびりタクシーを捕まえて川崎駅まで…と思っていたのですが,歩道橋から降りてきたところタイミング良く空車がやってきて捕まえられたのに気をよくして,輸送車列を追い越して上野毛駅あたりで撮影することに.ふむ,学生時代なら考えられないようなタクシー長距離移動ですが,まぁたまには良いでしょう.運転手さんに「あの電車を追いかけて」と告げてみれば,偶然にも運転手さんも以前はK畿車輛で輸出車両の陸送時のトラックドライバーをやっていたことがあるとのことで,首尾良くデハ3499号車を追い抜いた後は,上野毛までいろいろな経験談を聞かせて頂きました.いや,こういう偶然もあるんですね.主旨をご理解頂き制限速度一杯で走り続けて頂いたので,上野毛には輸送車列より10分ほど先行して到着.料金は7,000円弱.ぐはぁ,やはりそれなりの金額にはなりましたね.

上野毛での撮影場所も歩道橋からを選択し,恐らく都内では最も引きが取れるだろう第三京浜入り口歩道橋で車列を待ちます.どう考えても流し撮りは失敗しそうなので,ここは動画撮影を選択.コンパクトデジカメでもそれなりの動画が撮影できるようになるなんて,良い時代になったもんですね.やがて等々力アンダーパスを抜けてくるパトライトが見えて,やっぱり相当な速度で輸送車列がやって来ます.幸いなことに一般車両の群れが切れたところでデハ3499号車は環状8号第三京浜入り口を走り抜けていきました.

クリエイティブ・コモンズ・ライセンスこの作品はクリエイティブ・コモンズ 表示-非営利-継承2.1日本 ライセンスの下に提供されています

撮影を終えれば時刻は23時過ぎ.このあと予定では熊谷付近まで輸送されることになっているようですが,さすがにそこまで追いかける元気もなく,併走班の報告を楽しみにしつつ上野毛駅から撤収します.聞けばかなりの方が都内では撮影をされていたようで,ふむ,愛されてますねぇ,この電車.

さて,明日は深夜出発で保存場所での載線を撮影する予定です.その前に会社できっちりと業務をこなさなければならないので,本日は早めに寝るとしましょう.

搬出

さて、いよいよ、である。

仕事を午後半休扱いにして一路金沢八景へ。いつもここに来ると気になっていた駅裏手の茅葺き農家2軒のうち1軒が全焼している、悲しい光景も目の当たりにしてしまったが、人を待たせているからじっくり見ていられない。燃え残りを横目に東急車輌へと急ぐ。京急の車両基地には、あれだけ当たり前にいた旧1000系の姿が無い。頭では分かっていても時代が変わってしまったんだ・・・と痛感せざるを得ないショックな光景だった。扉間1000mm窓3つの後期関東標準型がこれで終焉。東急デハ3450をその代表例のひとつとする、戦前からの流れを汲む800mm窓4つの関東標準型もまた、後を追うように新京成800の消滅で終焉を迎えてしまった。残る片開き扉の関東大手私鉄電車は京急800のみ。それもあと余命いくばくか、といったところだろうか。

工場に着いてしばし。守衛所の前で担当のFさんを待つ。既にみんな現車の前にいるらしい。それにしても暑い。旧海軍工廠の面影を色濃く留めた無骨な事務棟に通され、応接室でつめたいお茶をいただくが、それもそこそこに工場の奥の現車へと向かう。

既に先発隊は現車を取り巻き撮影にかかっている。それも結構な人数が周りを取り巻いていて、僕は完全に後発状態だ。貨物鉄道博物館のKさんがお見えになったと連絡があり、正門で合流の後、再び事務棟で小休止。やはり冷房の効いた事務棟は心地いいが、程々に辞して外に出ると既に台車の積み込みが始まっている。昔は見慣れた弓形ボールドウィン台車も、今の感覚からすればなんともゴツイ代物に映える。手慣れた感じでクレーンに吊られた台車は宙を舞い、トラックの荷台に収まった。それが済んだらいよいよ車体だ。

実はこの数日前に、最終下見と称して工場をお邪魔していて、その際に例の奥沢神社の交通安全お守りを1エンド側の運転台マスコンに掛けておいたのだが、Kさんが更にブレーキハンドルをお持ちで、ブレーキ弁に取付けた状態で記念写真をパチリ。やっぱり運転台にはブレーキハンドルが付くと電車が生きてる気がしていいもんだと思う。改めて旅立ちのお祝いと、輸送の安全祈願といったところ。

今回参加したみんなで記念撮影の後、巨大なラフタークレーンとトレーラーが入場、いよいよ吊上げ準備だ。

正門前に長尺の低床トレーラーが停まっていたから、台枠強度を気にしてこれで運ぶのかと思いきや、鉄道車輌輸送では普通に使われる、いわゆる仮台車トレーラーだ。そのまま運んでも大丈夫、と言う判断なのだろう。

まずは手前に置かれている伊豆急の台車を吊上げてどかした後、いよいよ吊上げが始まる。2台のラフターが車体の前後に付き、準備が始まる。吊上げはワイヤーを使うのかと思ったら、布製の吊りベルト、いわゆるスリングベルトという奴だ。多分車体だけでも30数トンあると思うが、ちょっとビックリ。そんなので大丈夫なんだ~と思う。

合図と共に車体が上がる。車体が宙を舞う・・・というほど上がらなくて、大体1mちょっとだろうか。台車に載ればいいんだからこんなもんなんだろう。車体に絡みついたツタが一緒にくっついていって、やがてあちこちでちぎれた。地面と同化し、土に還りつつあった電車が、電車として目覚めた瞬間のような気がした。

そして車体強度に危なげはない。大丈夫そうだ。参加者はみな一様に興奮気味。工場の方々も三々五々見送りに集まってきていた。

ゴムタイヤ台車に載り、ターンバックルで固定。そしてひとり残された伊豆急クモハ101に見送られ出発・・・ところがこの狭い空間に大きな電車なので、その道のプロの腕を以てしてもなかなか簡単に引き出せない。後ろにいるラフタークレーンを更に後退させて場所をつくり、ようやく直角に曲がって住み慣れた場所を出た。

参加者はみな電車に付き添うように歩みを進めていく。角を曲がると、脇にはこの電車にとってみれば曾孫のような東急5050、向こうには上田電鉄から里帰りした牽引電車の後釜7200がいる。

ここで一旦先程の応接室へ引上げて、荷物をまとめる。丁重に御礼をして、みんなで事務棟を辞し外へ出ると、既にデハ3499は正門近くまで移動していた。手前には静態保存されている「湯たんぽ」デハ5201と「弁当箱」デハ7052がいる。夕暮れ空に照らされて、文字通りの「門出」を見送る湯たんぽと出立せんとするデハ3499。もしかしたら本当に最後の顔合わせかも知れない、と思い、写真に収めたかったが既に撮影許可証を返納してしまったので撮影不可。目に焼き付けて工場を後にした。